なぜ経済界は政治に熱心なのか――政治の誕生から、企業と国家の関係をたどる

経済界は、なぜ政治に関わり続けるのか

政治のニュースを見ていると、経済界の動きが早いことに気づく。

税制、労働制度、社会保障、エネルギー政策、規制緩和、通商政策。どのテーマでも、経団連などの経済団体が意見を出し、政策への要望を示している。

企業は、なぜこれほど政治に熱心なのだろう。

「自分たちに都合のいい制度をつくりたいから」と考えれば、たしかに説明はつく。けれど、それだけでは少し単純すぎる気もする。

企業にとって政治は、会社の外側にある遠い世界ではない。税金、労働法、許認可、補助金、貿易、公共事業など、事業の条件を決める場所そのものだからだ。

さらに歴史をたどると、企業と国家は最初から別々に発展してきたわけではないことが見えてくる。


政治という考え方は、共同体の運営から始まった

「政治」という言葉からは、国会や政党、選挙を思い浮かべる人が多いと思う。

けれど、その言葉の源流は、もっと小さな共同体にある。

古代ギリシャの polis(ポリス) は、アテネやスパルタのような都市国家を指す言葉だった。ポリスは町だけでなく、周囲の農地や居住地域を含んだ共同体であり、政府、宗教、防衛、経済的な生活が結びついていた。市民は、集会や評議会を通じて共同体の運営に関わったと説明されている。 Source

現代の political という言葉は、ギリシャ語の politikos に由来する。これは「ポリスに関する」という意味で、アリストテレスの politikē は、政治についての学問を意味していた。アリストテレスは紀元前384年から紀元前322年に生きた人物であり、政治を、市民のよい暮らしや共同体のあり方を考える実践的な学問として扱った。 Source

つまり、政治はもともと、特別な人たちだけが行う仕事ではなかった。

  • 共同体のルールをどうするか
  • 誰が決定に参加するのか
  • 防衛や経済をどう支えるのか
  • 共同体にとっての「よい暮らし」とは何か

こうした問題を話し合い、決めることが政治だった。

政治は、暮らしから離れたものとして生まれたのではない。むしろ、暮らしに関わる決定を誰が担うのかという問題から始まったのだと思う。


企業の成長にも、国家の力が必要だった

近代になると、商業や貿易の規模が大きくなっていく。

ここで押さえておきたいのは、近代の企業が、最初から国家から自由な存在だったわけではないということだ。

イギリス東インド会社は、1600年に王室の特許状によって設立された。東インド方面との貿易を独占する会社として始まり、その後は貿易だけでなく、イギリスの植民地支配や政治にも深く関わるようになった。 Source

この例から分かるのは、企業と国家の関係が、初めから複雑だったということだ。

国家は企業に、貿易の権利や独占的な地位を与える。
企業は商業活動を通じて、国家の利益や国際的な影響力を広げる。
しかし、企業が大きくなりすぎれば、今度は国家が規制に乗り出す。

企業は国家の保護を受けながら成長し、成長した企業は国家の政策にも影響を与える。

この関係の中では、企業にとって政治は「自分たちとは関係のないもの」ではいられない。

事業を守るためにも、拡大するためにも、政治の動きを見ておく必要がある。


日本でも、近代化と企業の成長は結びついていた

日本でも、明治期の近代化の過程で、政治と経済は強く結びついていった。

国立国会図書館は、明治期に成長した財閥として、三井、住友、三菱、渋沢、安田、浅野、大倉、古河などを紹介している。江戸時代から続く商家が財閥化した例もあれば、明治になってから事業を広げた実業家もいた。 Source

また、政府とのつながりを背景に、鉱山や鉄道などの事業を拡大した実業家は、「政商」と呼ばれた。国立国会図書館の資料でも、明治維新後に官界から実業界へ移り、藩閥政府との関係を持ちながら事業を展開した人物が紹介されている。 Source

当時の政府は、鉄道、鉱山、造船、紡績などの産業を急いで整えようとしていた。

そのためには、資本や技術を持った企業が必要だった。企業の側から見れば、政府の許認可や発注、保護政策が成長の大きな支えになった。

もちろん、当時の企業と政治の関係を、すべて「癒着」と呼んで済ませることはできない。近代国家をつくるために、政府と企業が協力した面もあったからだ。

ただ、その協力関係の中で、企業が政治とのつながりを成長の条件として身につけていったことは見逃せない。

日本の企業と政治の距離は、近代化の時代からすでに近かった。


企業にとって、政治は経営環境を決める場所である

企業の活動は、会社の努力だけで成り立っているわけではない。

たとえば、次のようなことが政策によって決まる。

  • 法人税や税控除
  • 最低賃金や労働時間
  • 輸入関税や貿易ルール
  • 電気や燃料などのエネルギー政策
  • 環境規制
  • 土地利用や営業許可
  • 公共事業や政府調達
  • 金融や競争に関する規制

これらは、企業の利益、コスト、投資、雇用に影響する。

だから企業にとって、政治は単なる「社会貢献」や「関心事」ではない。会社の将来を左右する制度が、どのように変わるのかを確認する作業でもある。

経団連も、経済界の意見を取りまとめ、その実現を働きかけることを活動の一つとしている。また、政治や行政、労働組合、市民などとの対話も活動に含めている。 Source

企業の立場からすれば、政治に何も働きかけないということは、自社に関わるルールの決定を他者に任せることでもある。

企業が政治に積極的になるのは、企業活動が政治の決める制度に囲まれているからなのだと思う。


経済界には、政治を見続ける仕組みがある

経済界の強さは、資金力だけではない。

政治との関わりを、組織の仕事として続けられる点も大きい。

企業には、政策や法制度を調べる担当者がいる。業界団体には専門の委員会や事務局がある。制度改正の情報を集め、企業への影響を分析し、経済界としての要望をまとめ、政治家や行政に伝える。

経団連の沿革を見ると、1946年に日本経済の再建・復興を目的として経済団体連合会が発足した。1948年には、適正な労使関係の確立を目的として日本経営者団体連盟が発足し、その後、両団体はそれぞれ経済政策や労使関係に関わってきた。2002年には両団体が統合し、現在の日本経済団体連合会が発足している。 Source

ここから分かるのは、経済界の政治参加が、一時的なものではないということだ。

景気が悪くなったときだけ、選挙の前だけ、特定の法案が出たときだけ動くのではない。

政策を調べ、意見を整理し、何度も働きかける回路が、組織の中に用意されている。

この継続性は、企業や経済団体の大きな力になっている。


企業の政治活動は、公共の利益と一致するとは限らない

企業が政治に意見を伝えること自体は、必ずしも悪いことではない。

現場を知っている企業だからこそ、制度の問題点を説明できることもある。新しい規制が実際の雇用や投資にどう影響するのか、行政や政治家に伝える役割もある。

ただし、企業の要望がそのまま公共の利益になるとは限らない。

企業が政治に働きかける目的が、

  • 競争相手を排除する
  • 特定の業界だけを保護する
  • 補助金や税制優遇を得る
  • 参入規制によって既存企業を守る

といった方向に向かえば、社会全体ではなく一部の企業だけが利益を得ることになる。

政治経済学では、企業や団体が市場で競争する代わりに、政治への働きかけによって特別な利益を得ようとする行動を、レントシーキングと呼ぶことがある。

また、規制される側の業界が、規制する側の行政機関に強い影響を持つようになる現象は、規制の虜と呼ばれる。規制の虜についての研究では、税制、外国貿易、政府による許認可など、幅広い分野が検討されている。 Source

だからこそ、企業の声を聞くことと、企業の要求をそのまま政策にすることは分けて考えなければならない。

企業の政治参加が必要な場面はある。
しかし、企業の声だけが政治に届き続ける状態は、民主政治にとって健全とは言いにくい。


政治資金をめぐる議論も、企業と政治の距離の問題だった

企業と政治の関係を考えると、政治献金の問題も出てくる。

総務省は、政治資金規正法について、政治団体の収支を公開するなどして、政治資金の流れを国民の前に明らかにする制度だと説明している。政党に対する国からの助成を定める政党助成法も、選挙・政治資金制度の一つに位置づけられている。 Source

経団連は2003年の文書で、1993年に企業献金について「廃止を含めて見直す」との方針を示したことに触れ、その後の政治資金規制や政党助成制度の実現によって、企業寄付をめぐる環境が変化したと説明している。 Source

同じ文書では、企業や企業人が政策や政治のあり方について意見を述べること、政党を評価し、政策に応じて寄付先を判断することも示されている。 Source

経済界からすれば、企業献金は政策本位の政治参加だという考え方になる。

一方で、政治家や政党が企業から資金を受け取れば、その企業や業界の要望を無視しにくくなるのではないか、という疑問も残る。

だから政治資金の公開や規制が必要になる。

大切なのは、企業の政治参加を一括して善悪で決めることではない。

資金や組織の力が、政策決定にどのような影響を与えたのかを見えるようにすることだと思う。


生活者の側が、政治に関わり続けるのは簡単ではない

経済界が政治に熱心なのは、企業が政治を仕事の一部にできるからでもある。

企業の政策担当者は、政治や制度を調べることで会社から給料を受け取る。制度が変われば、会社への影響を分析し、必要な要望をまとめる。

けれど、労働者や生活者はそうではない。

働きながら、家事や育児や介護をしながら、制度を調べ、議員の発言を追い、選挙のたびに判断し、さらに継続的に要望を届ける。これは、個人の努力だけでは続けにくい。

かつては労働組合が、労働者の要求をまとめ、政治に届ける役割を担っていた。しかし、労働組合の組織率は長期的に低下しており、厚生労働省も「労働組合基礎調査」を通じてその状況を公表している。 Source

その結果、企業には政策担当者がいるのに、労働者の側には、同じように継続して政策に関わる仕組みが弱いという差が生まれる。

だから必要なのは、個人に「もっと勉強しろ」と求めることだけではない。

  • 労働者どうしで情報を共有する
  • 地域や職場で声を集める
  • 当事者の経験を政策の言葉に置き換える
  • 市民団体や労働組合とつながる
  • 選挙のときだけでなく、ふだんから要望を届ける

そうやって、一人ひとりの困りごとを、政治が受け取れる形にしていくことが大切になる。

経済界が強いのは、企業が一社ずつ声を上げているからだけではない。組織として、要求をまとめているからだ。

生活者の側にも、孤立した不満を、共有できる要求へ変える仕組みが必要なのだと思う。


まとめ

経済界が政治に熱心なのは、企業が特別に政治好きだからではない。

企業の活動が、税制、規制、労働法、通商政策、補助金、許認可など、政治の決める制度に大きく左右されるからだ。

歴史を振り返っても、企業と国家は別々に成長してきたわけではなかった。

古代ギリシャのポリスでは、政治は共同体の暮らしを運営する営みだった。近代になると、国家は企業に貿易の権利や保護を与え、企業は国家の産業化や拡大を支えた。日本でも、明治期の近代化の中で、政府と実業家、政商や財閥の関係が形成された。

そして戦後になると、経済団体が組織化され、政策提言や政治との連携を継続的に行うようになった。

問題は、企業が政治に関わること自体ではない。

誰の声が、どれくらいの頻度で、どのような組織を通じて政治に届いているのか。

そこに差があることが問題なのだと思う。

企業は、自分たちの事業に関わるから政治を見続ける。
生活者も、本当は自分たちの暮らしに関わるから政治を見なければならない。

でも、一人で続けるのは難しい。

だからこそ、生活者や労働者の側にも、声を集め、知識を共有し、継続的に政治へ届けるつながりが必要になる。

政治は、決まったことを後から受け入れるだけの場所ではない。

暮らしに関わるルールを、誰が、どんな利害を持って決めているのか。

その過程を見続けることも、政治に関わるということなのだと思う。


主な参照