なぜ官僚は政治的に中立なのに、自民党の肩を持っているように見えるのか

官僚の政策案をそのまま通す首相 政治経済

官僚は政治的に中立なはずです。

それなのに、現実には「なぜかいつも自民党寄りに見える」と感じる人は少なくないと思います。

この違和感を、「官僚が自民党支持だから」で片づけるのは、少し雑です。

本当の問題は、官僚がどの政党を好きかではありません。

長く政権を握ってきた与党に合わせて動くほうが、官僚組織にとって合理的になりやすいという構造のほうです。

そして、その構造を前提にして「官僚とうまくやれる政治家こそ良い政治家だ」と考えてしまうと、民主政治の順番そのものが崩れます。

官僚の仕事は、本来どこまでか

日本の建前では、政治の方向を決めるのは政治家です。

国民が選挙で議員を選び、その国会と内閣が方針を決める。

官僚は、その決定を制度や行政実務に落とし込む側です。

つまり本来の順番は、政治が決めて、行政が支えるです。

官僚は重要な専門職ですが、国家の進路を最終的に決める主体ではありません。

それでも官僚が強く見える理由

ただ、現実には官僚のほうが制度をよく知っています。

政治家は入れ替わっても、官僚組織は残り続けるからです。

法律の細部、予算の積み上げ、答弁の整合性、各省庁との調整。そうした実務を日常的に握っているのは官僚です。

だから、政策の原案づくりでは官僚が強くなりやすい。

ここまでは、ある意味で当然です。

問題は、その先です。

官僚が案を作ることと、官僚が実質的に進路を決めることは違います。

もし政治家がただ追認するだけになれば、選挙で選ばれていない側が、選挙で選ばれた側を動かすことになります。

なぜ自民党寄りに見えるのか

官僚が自民党の肩を持っているように見えるのは、官僚が特別に自民党を愛しているからとは限りません。

むしろ、長く政権を担ってきた相手に合わせるほうが、組織として安全だからです。

自民党は長期にわたって政権の中心にいました。

そうなると官僚組織は、「どうせまた中心に戻る相手」と無用な摩擦を起こさない動き方を学習します。

これは思想というより、組織防衛です。

人事、昇進、予算要求、省益の維持。そうした現実を考えれば、長期与党の感覚に合わせるほうが合理的になりやすい。

その結果、「政治的に中立なはずなのに、なぜか与党寄りに見える」という現象が起きます。

ここで私が強く違和感を覚える点

この問題でよくあるのが、「官僚とうまくやれる政治家のほうが優れている」という言い方です。

先日Youtubeである対談がありました、その対談の中で、元官僚で衆議院議員経験もある方がこう言っておられました。

小泉純一郎元首相のように官僚の案を大きく疑わず、「責任は俺が取るからやれ」と通すタイプの方が官僚は動きやすい、逆に官僚を信用せず何でも自分でやろうとするタイプでは官僚はついてこない、そして自民党の総理大臣はほとんど小泉元首相のようなタイプだ。
部下が仕事がしやすい環境を作るのがよい上司の条件だ。その点、今の高市早苗首相は官僚を全く信じず、全て自分でやろうとするから官僚がついてこない、だからダメなんだ。
という趣旨の話がありました。

私は、この話に強い違和感を覚えました。

たしかに、官僚の立場から見れば、自分たちの案を大きくひっくり返さず通してくれる政治家のほうが仕事はしやすいでしょう。

でも、それをそのまま「望ましい首相像」にしてしまうのは危うい。

なぜなら、首相の仕事は官僚が動きやすい環境を作ることではないからです。

首相の仕事は、民意を背景に政治判断を下し、その結果に責任を負うことです。

官僚が動きやすいかどうかは重要です。

しかし、それは手段であって目的ではありません。

官僚の案をほとんど疑わず通す政治家が「良い指導者」だという話になると、順番は逆になります。

政治家が決め、官僚が支えるのではなく、官僚が作り、政治家が責任だけ取る形に近づくからです。

内閣は会社ではない

ここを会社の組織論みたいに語ると、話を見失います。

会社なら、社長が部下に信頼され、組織を円滑に回すことが重視されるのは自然です。

でも内閣は会社ではありません。

民主政治で一番大事なのは、組織の空気ではなく、誰の意思を背負って決めるのかです。

官僚にとって扱いやすいことと、国民にとって望ましいことは同じではありません。

ここを混同すると、「官僚に人気のある政治家」が「良い政治家」だという、かなりおかしな話になります。

では、官僚は黙って従えばいいのか

もちろん、そういう話でもありません。

官僚には専門知があります。

政治家の思いつきに対して、「それは制度上無理です」「現場ではこういう問題が出ます」と言うのは、むしろ重要な役目です。

ただし、ブレーキをかけることと、ハンドルを握ることは違います。

専門家として助言することは必要です。

しかし、国家の進路そのものを官僚組織の論理が事実上決めるなら、それは補佐ではなく主導です。

民主制国家では、その主導権は本来、選挙を経た政治の側に残っていなければなりません。

まとめ

官僚が自民党の肩を持っているように見えるのは、官僚が特定政党を心から支持しているから、とは限りません。

長期与党に合わせて動くほうが、官僚組織にとって安全で合理的だからです。

だから見かけ上は、「政治的中立なのに与党寄り」に見える。

しかし、そこからさらに「官僚とうまくやれる政治家こそ良い政治家だ」と言い出すと、民主政治の順番が壊れます。

政治家の役割は、官僚の追認役になることではありません。

民意を背景に決め、その責任を引き受けることです。

官僚は重要です。

でも、主権者ではありません。

この線引きがぼやけたとき、政治はますます「誰が決めているのか分からないもの」になります。

そして、それこそが一番危ないのだと思います。

この問題は、わたしたちの暮らし直接的に影響はないのかもしれません。

しかし静かに、そして確実に、私たちの生活を蝕んでいきます。

だからこそ、「他人事ではない」のです。

参考にしたサイト

衆議院|日本国憲法
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm

衆議院|議院内閣制
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/kokkai/kokkai_giinnaikakusei.htm

参議院|国会のしくみと法律ができるまで!
https://www.sangiin.go.jp/japanese/kids/html/shikumi/houritsu.html

人事院|人事院規則14―7(政治的行為)の運用方針について
https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/14_fukumu/1402000_S24houshinhatsu2078.html

e-Gov法令検索|国家公務員法
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000120