国家安全保障について~米国の政策から考えてみる

小鳥を落とすために大砲を打つ 世界の政治経済

「”国のため”だから、何してもいいの?」

比例原則違反のイメージ

ある日、近所で空き巣の事件が起きたとしましょう。大家さんが言います。 「防犯のため、住民全員、玄関ドアを全部自動ロックにします。鍵は私の事務所に預かります」。

ちょっと待って ── 本当にそこまで?

  • 普通の鍵じゃダメ?
  • 鍵交換だけじゃ足りない?
  • 大家さんが合鍵を持つこと自体が怖くない?

こういう「やりすぎない?」という感覚、実は国レベルの話でもまったく同じなんです。今のアメリカ、特に「国を守る」という大義のもとで、行き過ぎたところはないのか ── 一緒に見ていきましょう。


「やりすぎチェック」って何?

実は、こういう「やりすぎない?」という感覚は、法律の世界にもちゃんと名前があります。

「比例原則(ひれいげんそく)」 ── 名前は堅いですが、意味はシンプルです。「大きな目的のためには、少し強い手段を使うのはしょうがない。でも、もっとゆるい方法で済むなら、そちらを使いなさい」 というルールです。

もともとはドイツの法学で生まれましたが、今はEUでも日本でも当たり前に使われています。日本の場合、警察が急に人を捕まえるときに「本当にそこまでやりました?」と後から問われるルールがあります。憲法を根拠にする考え方が定着していて、その一つが警察官職務執行法1条2項です。中身は「真にやむを得ない事情がある場合でなければ、その権限を行使してはならない」という、わかりやすい一文。

つまりこの感覚は、法律オタクの難しい専門用語ではなく、民主主義の普通の文法なんです。


「国を守る」場合でも同じって、本当?

「いや、国家安全保障は特別でしょう」という声が聞こえてきそうです。

半分は正しいです。国が攻撃されたら、一刻も早く対応する必要がある。そのために普段のルールを一時的に停止するのは仕方ない ── これは多くの安全保障の専門家が認めています。

ただ、もう半分が重要です。「国を守る」がカッコつきの魔法の言葉になると、何でも「安保のため」で通ってしまう。これを防ぐ共通の文法が、やっぱり比例原則なんです。


その手段、本当に効いてる?

トランプ大統領の2025〜26年の政策を、この「やりすぎチェック」の3つの目で見てみましょう。

目その1:効くのか?

  • 先端技術や重要鉱物(スマホや最先端兵器に使うレアメタル)の対中規制は、「軍事転用を防ぎたい」という目的にピンポイントで効いている。ここはOKと言えそうです。
  • 一方、「国際緊急経済権限法(IEEPA)」 という法律を使って、貿易赤字の是正を「国家非常事態」と位置付けて関税をかけたケース。2026年2月20日、アメリカの最高裁はRoberts首席裁判官のもと「IEEPAは関税を認める法律ではない」と判断しました。つまり、司法が「そもそもこの手段は目的に紐付いていない」と止めたわけです。

もっとゆるい手段ではダメだった?

目その2:軽い手はない?

  • 鉄鋼やアルミの関税は、もともと安全保障目的の輸入制限を認める法律(通称「Section 232」、正式には「1962年通商拡大法232条」)を使っています。2025年2月に25%、同年6月には50% まで引き上げられました。研究者のスティーヴン・リンシコム氏(Cato Institute)は「この法律は本来安保目的のためにあるのに、産業保護の道具として使い回されている」と繰り返し警告しています。本当に、同盟国と重要物資を一緒に備蓄する、とか、もっと軽い手はなかったのか ── そこに疑問が残ります。
  • もう一つ。南西部の国境には約7,000人の軍部隊が送り込まれ、その費用は約13億ドル(約2,000億円) にのぼります。でも本来、国境警備は税関や入国管理の仕事です。軍を使う前に、もっと軽い手はなかったのか ── それも問われています。

効き目より、副作用のほうが大きくない?

目その3:割に合う?

ここが一番、見逃せないところです。

  • 移民の取り締まりに予算も部隊も割けば、軍隊本来の「有事に即応する力」が鈍ります。国を守るために軍を使うはずが、国を守る力を弱めている ── これ、まさに割に合わないケースです。
  • ヨーロッパ向けの関税は、同盟国の信頼を冷やします。信頼が落ちれば、結局、相手から攻撃を思いとどまらせる力(これを「抑止力」と呼びます)が下がる。効き目と、効き目のための足回りを、同時に壊している例です。
  • 逆に、最高裁がIEEPAを止めたことは、いいニュースです。「安保」名目の暴走に司法という歯止めがちゃんと作動した ── 民主主義が生きている証拠とも言えます。

まとめると

「国を守る」という目的自体は、否定しなくてよい。

ただ、その手段については:

  • IEEPA関税 → 最高裁で法的根拠が剥奪された
  • 鉄鋼・アルミ関税の拡大 → 安保目的に本当に見合っているのか、議論がある
  • 国境への軍投入 → 国を守る力そのものを弱めている疑いがある

分野ごとに濃淡はありますが、全部ひっくるめて「方向性は間違っていないが手段が過大もしくは不当」 ── というのが、一つの整合的な読み方です。


最後に、3つだけ覚えてください

  1. 効くのか? ── その手段は目的にちゃんと届いている?
  2. 軽い手はない? ── もっとゆるい方法ではダメだった?
  3. 割に合う? ── 効き目と副作用、どっちが大きい?

この3つの問いは、政治家にも官僚にも、そしてあなた自身にも投げられる権利があります。

「国のためだから、しょうがないでしょ?」 ── そう言われて立ち止まったら、上の3つを思い出してください。それが、民主主義を普通の人にも扱いやすい道具にする、一番の近道です。


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