
「国の借金が大変だ」「国民一人当たり何百万円の借金だ」――こうした言い方は、長く当たり前のように繰り返されてきました。
けれど、ここで一度立ち止まったほうがいい。そもそも、その「借りている」のは誰なのか。そして、その「借金」は家計や企業の借金と同じものとして語ってよいのか。
今回は、「国の借金」と呼ばれているものの正体を、言葉の印象ではなく制度の側から見てみます。
まず「借金」とは何を指しているのか
財務省は、国債とは国の発行する債券であると説明しています。国債の発行は法律で定められた発行根拠に基づいて行われ、大別すると普通国債と財政投融資特別会計国債に区分されます。
出典:
https://www.mof.go.jp/jgbs/summary/kokusai.html
ここが出発点として大事です。
つまり、まず制度上起きていることは、
国が国債という債券を発行している
ということです。
財務省はこれを一般向けには「借金」と説明しています。たとえば、一般会計歳出と一般会計税収との差の多くは、借金である国債の発行によって賄われているという趣旨で説明しています。
出典:
https://www.mof.go.jp/tax_information/qanda024.html
けれど、ここで分けて考えたほうがいい。
- 国債が発行されていること自体は制度上の事実
- それをどう意味づけるかは別の話
言い換えれば、
「国債」は制度の言葉で、
「借金」は印象の強い解釈の言葉です。
もちろん、債券である以上、そこに債務の性格があること自体は否定できません。
ただし、それを聞いた人がすぐに思い浮かべる住宅ローンやカードローンの感覚まで、そのまま国家財政に持ち込んでよいかは別問題です。
「国の借金」は「国民の借金」と同じではない
ここでよくある言い方に、「国民一人当たり〇〇万円の借金」というものがあります。
でも、この表現はかなり雑です。
なぜなら、制度上の債務者は政府であって、国民一人ひとりが銀行の借用書にサインしているわけではないからです。
家計の借金なら、借りた本人が返済義務を負う。返せなければ破綻する。
しかし国債は、そもそも政府が発行する債券として成り立っています。
出典:
https://www.mof.go.jp/jgbs/summary/kokusai.html
つまり、
「国の借金」=「国民一人ひとりが私的に負っている借金」
ではありません。
それでも「国民一人当たり」と割る言い方が好まれるのは、制度の説明として便利だからというより、家計感覚に引き寄せて危機感を強く演出できるからでしょう。
この言い方は、説明というよりフレーミングに近い。
誰が誰に何を負っているのかという制度の話を、一家の財布の恐怖に置き換えてしまうからです。
財務省はなぜ「借金」と呼ぶのか
財務省は、日本の財政状況について、その年の歳出はその年の税収やその他収入で賄うべきだが、令和8年度予算では歳出全体の約4分の3しか賄えておらず、残りは公債金すなわち借金に依存していると説明しています。さらに、一般会計歳出と一般会計税収との差の多くは国債の発行によって賄われており、子や孫の世代へ負担を先送りしているとしています。
出典:
https://www.mof.go.jp/tax_information/qanda024.html
また、財務省は別ページでも、一般会計歳入122.3兆円は税収等と公債金(借金)で構成されるとしたうえで、残りの約4分の1は公債金(借金)に依存していると表現しています。
出典:
https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-03.html
ここで気をつけたいのは、
「公債金として計上されている」
という事実と、
「借金に依存している」
という言い方は、同じではないということです。
前者は会計上の記述です。
後者は、その記述に望ましくない・危ういという評価を載せた表現です。
つまり、財務省が「借金」「依存」「負担の先送り」という言葉を使うとき、そこには単なる制度説明だけでなく、財政規律を重視する立場からの意味づけが入っています。
それ自体は一つの立場として理解できます。
ただ、それをそのまま中立的な事実そのものとして受け取ってしまうと、議論の出発点からすでに方向づけられてしまいます。
国債の中身を見ると、もっと制度的な話になる
財務省の説明では、普通国債には建設国債、特例国債、復興債、GX経済移行債、子ども・子育て支援特例公債、借換債などがあります。たとえば建設国債は公共事業費、出資金、貸付金の財源調達のために発行され、特例国債は建設国債を発行してもなお歳入が不足すると見込まれる場合に、公共事業費等以外の歳出に充てる財源を調達するために発行されます。
出典:
https://www.mof.go.jp/jgbs/summary/kokusai.html
ここから分かるのは、「国の借金」と一言でまとめられているものの中身が、実際にはかなり制度的に分かれているということです。
さらに財務省は、普通国債の利払い・償還財源は主として税財源等により賄われていると説明しています。
出典:
https://www.mof.go.jp/jgbs/summary/kokusai.html
この説明のしかた自体は財務省の公式見解として押さえるべきですが、少なくともここから言えるのは、国債をめぐる話が単純な一文では済まないということです。
発行根拠も違えば、目的も違う。
そして、それを全部まとめて「借金が大変だ」だけで語るのは、やはり雑すぎます。
日本銀行は何をしていて、何をしていないのか
「国の借金」を考えるときには、日本銀行の位置づけも外せません。
日本銀行は、税金や社会保険料の受入れ、年金や公共事業費の支払いといった国庫金事務のほか、国債の発行や国債元利金の支払い等、国の事務を取り扱っているため『政府の銀行』と呼ばれることがあると説明しています。
出典:
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/op/f01.htm
ただし同時に、日本銀行は、政府に対する信用供与(貸出や国債の引受け)は法律上、原則として禁止されているとも説明しています。
出典:
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/op/f01.htm
そして、日本銀行は、国債の引受けは財政法第5条により原則として禁止されており、これを「国債の市中消化の原則」というとしています。なぜ禁止されるのかについては、中央銀行が国債引受けによって政府への資金供与を始めると、政府の財政節度が失われ、中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからだと説明しています。
出典:
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/op/f09.htm
ここから分かるのは、少なくとも日本の制度は、
「政府が勝手に日銀に全部引き受けさせればよい」
という単純な作りにはなっていない、ということです。
逆に言えば、「国の借金」の問題を本当に考えるなら、
ただ総額だけを見て怖がるのではなく、
どのような制度のもとで国債が発行され、消化され、元利払いが行われているのか
を見なければなりません。
本当に見るべきなのは、総額の大きさだけではない
ここまで来ると、「じゃあ国債はいくら増えても平気なのか」と言いたくなるかもしれません。
でも、話はそう単純でもありません。
問題は、ただ“借金という言葉が怖いから危ない”でもなければ、
逆に“政府の借金なのだからいくらでも平気”でもないということです。
本当に見るべきなのは、もっと具体的なことだと思います。
- その国債発行は、何のために行われているのか
- どの制度根拠にもとづいているのか
- 利払い・償還はどう整理されているのか
- それが実体経済にどう影響するのか
- 人・モノ・設備・労働力といった実物資源の制約とどう関わるのか
- 過剰なインフレを起こさずに運営できるのか
要するに、前回と同じです。
数字だけを見て思考停止しないことが大事なのだと思います。
「国の借金が何兆円」という数字は、たしかに大きい。
でも、数字が大きいことと、そのまま家計の破産のような危機を意味することは同じではありません。
大事なのは、その数字がどんな制度の中で、どんな意味を持っているのかです。
おわりに
「国の借金」という言葉は、強い。
強すぎると言ってもいい。
その言葉を聞くと、多くの人は
返さなければならない重いローン
を思い浮かべます。
だから、考える前に怖くなる。
でも、制度を見れば、まず起きているのは政府による国債発行です。財務省自身も、国債は国の発行する債券だと説明しています。
出典:
https://www.mof.go.jp/jgbs/summary/kokusai.html
そして財務省はそれを「借金」と呼び、「依存」や「将来世代への負担の先送り」という言葉で意味づけています。
出典:
https://www.mof.go.jp/tax_information/qanda024.html
https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-03.html
一方で日本銀行は、「政府の銀行」として国の事務を担いながらも、政府への信用供与や国債引受けは原則禁止だと説明しています。
出典:
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/op/f01.htm
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/op/f09.htm
つまり、「国の借金」の正体は、
ただの恐ろしい数字ではありません。
制度、会計、国債発行、財政観、そして言葉のフレーミングが重なってできているものです。
だからこそ、
「国の借金が大変だ」という話を聞いたときは、
そのまま怯える前に、こう聞き返したい。
誰が、誰に対して、どんな制度のもとで、何をしているのか。
そこを飛ばしてしまうと、
また政治経済は「他人事」のまま終わってしまうのだと思います。
