「国の予算は税金でまかなわれている」「税収が足りないから政策はできない」――そんな説明は、あまりにも当たり前のように語られます。
でも、日本の予算制度を見ていくと、実際には先に政治が支出を決め、その後に税や公債金を含む歳入が会計上整理されるという構造が見えてきます。
しかも、よく使われる「税収を使う」「公債金に依存する」といった言い方にも、単なる事実説明を超えたフレーミングが含まれています。
本当に問うべきなのは、帳簿上の税収残高なのか。それとも、人・モノ・設備・労働力といった実物資源の制約なのか。
今回は、日本の予算の決まり方を入口に、この問題を整理してみたいと思います。
先に決まるのは税収ではなく支出だ
政治の話になると、よくこう言われます。
「国の予算は税金でまかなわれている」
「税収が足りないから、できない」
「まず財源を確保しないと支出はできない」
でも、これは家計の感覚を、そのまま国家財政に当てはめた見方です。
家計なら、先に収入があって、その範囲で支出します。
けれど日本の予算制度は、そういう順番では動いていません。
日本国憲法86条は、内閣が毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならないと定めています。さらに憲法60条は、予算は先に衆議院に提出しなければならないとしています。
つまり制度の入口にあるのは、まず政治が何にいくら使うかを決める手続きであって、「税がいくら集まったかを確認してから支出を決める」という家計的な順番ではありません。
出典:
https://laws.e-gov.go.jp/law/321CONSTITUTION
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/kokkai/kokkai_gian.htm
衆議院の説明でも、予算や条約は内閣から提出されるとされています。提出後は委員会で質疑、公聴会、討論、採決という流れで審議されます。
出典:
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/kokkai/kokkai_gian.htm
ここで大事なのは、国の予算が
「税金が先に集まる → その範囲で支出する」
という仕組みとして書かれていないことです。
実際の制度は、
- 政府が予算案を作る
- 国会に提出する
- 審議し、修正し、議決する
という流れで動きます。
つまり最初に問われるのは、
税収が足りるかどうかより、
国家として何を優先するのか
という政治判断です。
財務省の予算編成・審議過程のページでも、概算要求、当初予算、補正予算、予備費使用などが並び、予算が政治的・制度的な手続きを通じて組まれていることが分かります。
出典:
https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2025/fy2025.html
「税収を使う」は雑な表現だ
ここは特に強調したいところです。
私たちはつい、
「集めた税金を政府が使っている」
と考えがちです。
でも、実務の説明を見ると、これはかなり粗い表現だと分かります。
日本銀行は、「政府の銀行」として国庫金の受入れや支払いに関する業務に携わっており、こうした国庫金の受払いを政府預金として集計・記録していると説明しています。税金や保険料などは受入れとして扱われ、年金や公共事業費などは支払いとして扱われます。
出典:
https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/op/f02.htm/
さらに日本銀行は、国税など受け入れた国庫金を日本銀行の口座に預け入れており、これが政府預金であると説明しています。
出典:
https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/op/f08.htm
また、国からの支払いについては、まず日本銀行にある政府預金から、日本銀行にある各金融機関の口座へお金が振り込まれ、その後に各金融機関が個人や企業の口座へ振り込むと説明されています。
出典:
https://www.boj.or.jp/about/annai/genba/focusboj/focusboj14.htm
この実務から見えてくるのは、
税は国庫金として受け入れられ、支出は政府預金から行われる
ということであって、
集めた税金がそのまま個別の支出に回されている
という話ではない、ということです。
つまり、「税収を使っている」という表現は、厳密には
帳簿上・会計上の整理としてそう言っている
のであって、
実際に集めた税金をそのまま取り出して支出している
という意味ではありません。
ここを曖昧にすると、国家財政を家計簿のように誤解しやすくなります。
「依存」という言い方も中立ではない
財務省は、2026年度予算の一般会計歳入122.3兆円は、①税収等と②公債金で構成されていると説明したうえで、税収等では歳出全体の約4分の3しか賄えておらず、残り約4分の1は公債金に依存しているとしています。さらに、公債金を「歳入の不足分を賄うため、国債(借金)により調達される収入」と説明しています。
出典:
https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-03.html
ここで注意したいのは、
「公債金として計上されている」
という会計上の事実と、
「依存している」
という評価的な言い方は、同じではないということです。
前者は歳入構成の説明です。
後者はその構成に対して、財務省が望ましくない状態だという含意を乗せた表現です。
もちろん、財務省がそう評価する立場をとること自体は自由です。
ただ、それをそのまま中立的な事実のように受け取る必要はありません。
実際に起きていることをもっと素朴に言えば、
予算の中で一定額が公債金として計上され、その形で支出されている
ということにすぎません。
それをあえて「依存」と呼ぶのは、単なる記述ではなく、財政観をにじませたフレーミングです。
だから、
「税収等では足りず、残りは公債金に依存している」
という表現を見たときは、
“そういう言い方を財務省は選んでいる”
と一歩引いて読む必要があります。
予算は税だけでできていない
この点は財務省の説明自体からも分かります。
財務省は一般会計歳入を、税収等と公債金で構成されると説明しています。
出典:
https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-03.html
つまり、公式説明の時点で、すでに
「予算=税金だけ」ではありません。
実際には、
税収等と公債金を含む歳入構成の中で予算が組まれている
のです。
したがって、
「税金で賄われているのだから、税収が足りなければ支出できない」
という言い方は、制度の説明としてかなり単純化しすぎています。
本当の制約は何か
ここがいちばん重要だと思います。
もし実務上の「スペンディングファースト」という見方に立つなら、政策を考えるときに本当に問うべきなのは、
帳簿上の税収残高ではなく、
人・モノ・設備・労働力などの実物資源が足りるのか
ということになります。
たとえば、
- 病院を増やしたいなら、医師・看護師・病床・医療機器は足りるのか
- 保育を拡充したいなら、保育士・施設・土地・建設能力は足りるのか
- 防災投資を増やしたいなら、建設資材・重機・技術者・作業員は足りるのか
- 教育にもっとお金を出すなら、教員・校舎・教材・現場の受け皿は足りるのか
問うべきなのは、本来こういうことです。
つまり制約は、
「財源があるかないか」
だけではありません。
むしろ本当に重要なのは、
供給能力があるか、受け皿があるか、過剰なインフレを起こさずに実行できるのか
という問題です。
お金の数字だけを見て「できる・できない」を決めると、この実物面の制約が見えなくなります。
逆に言えば、実物資源に余力があるのに「財源がない」の一言で止めるのは、経済の問題というより、政治の優先順位の問題です。
税の役割は別にある
では税は何のためにあるのか。
この前提に立つなら、税は
政府が支出する前に必要な元手を集めるための袋
というより、
すでに支出された通貨を回収し、需要を調整し、負担配分を決めるための制度
として見るほうが実態に近いはずです。
もちろん税には、再分配や行動誘導など、いくつもの役割があります。
ただ少なくとも、
「税が集まっていないから国は使えない」
と単純に理解するのは不正確です。
大事なのは、
- 何に支出するのか
- その支出は必要か
- 実物資源の制約はどうか
- 過剰なインフレを招かないか
- 誰にどのような負担を求めるのか
を考えることです。
おわりに
「国の予算は税金から出る」
この言い方は便利です。
でも、その便利さのせいで、本質を見失いやすい。
日本の制度を見ると、予算はまず政治が優先順位を決め、内閣が案を作り、国会が審議して決める。税の受入れと国の支払いは、日本銀行の国庫金・政府預金の仕組みの中で処理されます。だから、実際に集めた税金をそのまま取り崩して使っていると考えるのは、少なくとも正確ではありません。
出典:
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/kokkai/kokkai_gian.htm
https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/op/f02.htm/
https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/op/f08.htm
そして財務省は、公債金について「依存」という言い方をしています。
だが、それは単なる会計事実の読み上げではありません。
公債金という形で計上されている歳入を、どう意味づけるかについての価値判断が、そこにはすでに入っています。
出典:
https://www.mof.go.jp/zaisei/financial-structure/financial-structure-03.html
もし本気で政策の是非を考えるなら、
見るべきなのは「財源がありますか」という合言葉だけではありません。
本当に問うべきなのは、
その政策に必要な人・モノ・設備・労働力はあるのか。社会として受け止める力はあるのか。過剰なインフレを起こさずに実行できるのか。
という、もっと現実的な問いのほうです。
予算の本質は、税金の残高ではありません。
何を優先し、どこに社会の資源を配分するのかです。
「税収がないから無理」という言葉を聞いたら、一度止まって考えたい。
それは本当に経済の限界を言っているのか。
それとも、ただ政治の優先順位を隠しているだけなのか。

