
政治の話になると、よくこう言われます。
「野党は反対ばかり」
「批判しかしない」
「そんなに文句があるなら、自分たちでちゃんと案を出せばいい」
この言い方、かなり広く浸透していると思います。
でも私は、ここには少し雑なところがあると思っています。
というのも、そもそも与党と野党は同じ仕事をしているわけではないからです。
与党は政権を持ち、予算を組み、実際に行政を動かす側です。
野党は、そのやり方や予算の使い道が妥当かどうかを問い直す側です。
だから、見え方としてはどうしても違ってきます。
与党は「やります」と言う。
野党は「そのやり方でいいのですか」と聞く。
この違いを飛ばしてしまうと、野党の発言は全部ただの文句に見えてしまう。
でも本当は、そこには国のお金をどう使うのか、あるいは使わないのかという、かなり大事な争いが入っています。
与党は「決めて動かす側」、野党は「問い直す側」
まずは基本です。
用語メモ:与党
与党は、政権を担っている政党です。
内閣をつくり、予算案を出し、実際に政策を進めます。
用語メモ:野党
野党は、政権を担っていない政党です。
政府のやり方をチェックし、問題があれば止めたり、直したり、別のやり方を示したりします。
ここで大事なのは、野党の役割は最初から少し“感じのよくない役”になりやすいということです。
なぜなら、チェックというのはたいてい、
「本当に必要なのか」
「なぜそうしたのか」
「別のやり方はないのか」
と聞くことになるからです。
つまり、批判っぽく見えるのは、ある意味で役割どおりでもあります。
予算は「決める」だけでなく「どう使うか」までが本番
この話は、予算を見るとよく分かります。
財務省や会計検査院の説明をつなげると、国のお金はだいたいこう流れます。
- 内閣が予算案をつくる
- 国会で審議して成立させる
- 各省庁が実際に使う
- あとで決算として点検する
- その結果を次の予算に反映する
つまり予算は、通して終わりではありません。
実際にどう使われたのか、
その使い方に意味があったのか、
次も同じ形で続けるべきなのか
まで見て初めて、一つの流れになります。
財務省は「予算執行調査」について、予算が効率的・効果的に使われているかを調べ、改善点を見つけて、次の予算に反映する取組だと説明しています。
また会計検査院も、予算が適切かつ有効に執行されたかを検査し、その結果を次の予算編成や執行に反映することが重要だと説明しています。
ここで分かるのは、国会で争われているのは単純な「賛成か反対か」だけではないということです。
この事業を続けるのか、縮めるのか、止めるのか、別の分野に回すのか。
そういう優先順位の争いでもあるのです。
財務省「予算執行調査の概要」
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/budget_execution_audit/gaiyou.htm
会計検査院「会計検査院は、国の収入支出の決算」
https://www.jbaudit.go.jp/jbaudit/position.html
だから野党は、どうしても「批判が多い側」に見える
予算案を作るのは政府です。
実際に予算を執行するのも政府です。
つまり、お金を動かしている中心は与党側にあります。
そうすると野党の仕事は自然に、
- この事業は本当に必要か
- この予算のつけ方は妥当か
- 説明どおりの効果があったのか
- ほかの優先順位はないのか
を問い直すことになります。
これは、家計で言えば
「この出費は本当に必要だったのか」
「別のことに回したほうがよくないか」
と家族の中で話し合うのに近い。
お金を動かした側に質問が集まるのは、ある意味で当然です。
だから、野党の発言が批判的に見えやすいのは不思議ではありません。
でもそれは、ただ喧嘩を売っているからではなく、予算の決め方と使い方を問い直す位置にいるからでもあります。
「対案を出せ」は正しいようで、少し乱暴でもある
ここでよく出てくるのが、
「反対するなら対案を出せ」
という言葉です。
もちろん、これは一理あります。
ただ怒っているだけでは、政治は前に進みません。
別のやり方を示せるなら、そのほうがいい。
ただ、この言い方は少し乱暴でもあります。
なぜなら、中止を求めること自体が対案になる場合があるからです。
たとえば、ある事業について
「効果が薄い」
「説明が不十分だ」
「優先順位が違う」
と考えるなら、
「別の新事業を出さないと反対する資格がない」ということにはなりません。
その事業に予算をそこに使わない、というのは、それ自体ではっきりした提案でもあります。
国会では「何か新しいものを足すこと」だけが対案ではありません。
やめる、縮める、先送りする、別の分野に回すのも立派な対案です。
ここを飛ばしてしまうと、政治を「増やす提案だけが前向きで、止める提案は後ろ向き」という見方でしか見られなくなります。
でも予算の世界はそんなに単純ではありません。
実際には、野党は対案も出しているーただ報道では見えにくい
もう一つ大きいのはここです。
野党は批判ばかりで何も出していない、という印象はかなり強い。
でも実際には、野党も法案や修正案を出しています。
衆議院の公式サイトでは、国会に提出された議案の一覧を見ることができます。
また、国立国会図書館の国会会議録検索システムでは、実際の質疑や発言内容を読むことができます。
さらに、衆議院インターネット審議中継では、審議のライブ中継や過去動画も見られます。
つまり、公式の記録をたどれば、
野党が質問だけでなく、修正案や法案提出もしていることは確認できます。
ただ、日々の報道ではそこが見えにくい。
ニュースは時間が短いので、
- 激しい追及
- 大臣の答弁ミス
- 与野党の対立場面
のほうが切り取りやすい。
その結果、視聴者の記憶には「また揉めていた」という印象だけが残りやすい。
だから、「野党は対案を出していない」のではなく、
出していても、それが報道では目立ちにくいという面はかなりあると思います。
衆議院「第221回国会 議案の一覧」
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/menu.htm
国立国会図書館「国会会議録検索システム」
https://kokkai.ndl.go.jp/
衆議院インターネット審議中継
https://www.shugiintv.go.jp/jp/
予算を止めることは、「善」ではなく「選び方」の問題でもある
ここで少し大事な補足をしておきたいです。
予算を止める、減らす、見直す、という話をすると、どうしても
「無駄をなくすのは良いことだ」
という単純な話に寄りがちです。
でも、政治の現場はそれほどきれいには割り切れません。
ある人にとっては無駄に見える支出が、
別の人にとっては必要な支えであることもある。
短期的には効果が薄く見えても、長い目で見ると意味があることもある。
逆に、立派な看板がついていても、実際には優先順位を見直したほうがいいこともある。
だから国会で本当に争われているのは、
「無駄か有益か」という道徳の話だけではなく、
予算(お金)を使って、限られた資源をどこに配分し、何を後回しにするのかという選び方の話です。
野党がある事業の中止を求めるときも、
それは単に「削れ」と叫んでいるのではなく、
「その予算の置き方は違うのではないか」
「ほかに優先すべき分野があるのではないか」
という政治的な判断をぶつけている場合があります。
ここを見落とすと、国会のやり取りが全部、感情的な足の引っ張り合いに見えてしまいます。
おわりに
「野党は批判ばかり」
そう感じるのは、ある意味では自然です。
実際、野党は政府のやり方に疑問をぶつける役に立っているからです。
でも、そこで止まってしまうと見誤る。
与党は予算を作り、執行する側。
野党は、その予算の置き方や使い方を問い直す側です。
だから発言が批判的になるのは、かなり構造的なことでもあります。
しかも実際には、野党は対案や修正案も出している。
ただ、それは日々の報道では見えにくい。
そして「中止しろ」という主張も、場合によってはそれ自体が対案になります。
なぜなら国会では、何を足すかだけでなく、何を止めるか、どこに回すかも政治そのものだからです。
たぶん私たちが見るべきなのは、
「批判しているかどうか」ではなく、
何について問い直しているのか、何を止めようとしているのか、何に予算を振り向けようとしているのか
なのだと思います。
参考にしたサイト
財務省「予算執行調査の概要」
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/budget_execution_audit/gaiyou.htm
会計検査院「会計検査院は、国の収入支出の決算」
https://www.jbaudit.go.jp/jbaudit/position.html
衆議院「第221回国会 議案の一覧」
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/menu.htm
国立国会図書館「国会会議録検索システム」
https://kokkai.ndl.go.jp/
衆議院インターネット審議中継
https://www.shugiintv.go.jp/jp/

