野党はなぜ頼りなく見えるのかーなぜ与党と同じようなことを言うのか

採決で突然賛成に回る野党議員 政治経済

「野党って、なんだか頼りない」
「結局、与党とそんなに変わらないことを言っていないか」
政治の話になると、こういう感想を持つ人は少なくないと思う。

たしかに、見ている側からするとそう見える場面は多い。
与党を厳しく批判していたはずなのに、いざ政策の話になると急に歯切れが悪くなる。
政権交代を目指すと言いながら、言っていることがどこか無難で、思い切ったことを言わない。
その結果、「あれ、結局どこも同じなのでは」と感じてしまう。

でも、ここで少し立ち止まって考えたい。
それは本当に、野党がだらしないからだけなのだろうか。
もちろん野党自身の弱さもある。
けれどそれだけではなく、日本の選挙の仕組み、投票する人の偏り、そして学校教育のあり方まで含めて見たほうが、ずっと実態に近いように思う。


野党が頼りなく見えるのは、まず「勝ち方」が難しいから

最初に確認しておきたいのは、日本の衆議院選挙は小選挙区と比例代表を組み合わせた仕組みだということだ。
総務省によると、衆議院は465議席で、そのうち289が小選挙区、176が比例代表になっている。小選挙区は、一つの選挙区から一人しか当選しない方式だ。

小選挙区では、二位でも三位でも落選する。
だから、野党に一定の支持があっても、票が分かれれば負けやすい。
「それなりに支持はある」のに「議席は取れない」ということが起きやすい。

この仕組みの中では、野党は最初から難しい判断を迫られる。
与党と大きく違うことを言って熱心な支持者を集めたい。
でもあまりに尖ると、勝敗を決める中間の有権者が離れるかもしれない。
そのため、本音ではもっと違うことを言いたくても、実際には与党に近い安全な言い方へ寄っていきやすい

つまり、「野党が与党と同じようなことを言う」のは、信念がないからだけではなく、
小選挙区で勝つために、広く嫌われない言い方を探さざるをえない面もあるのだと思う。

総務省「選挙の種類」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html


投票率が低いと、野党はますます無難になる

ここで大きいのが投票率だ。
総務省によると、直近の衆議院選挙では全体の投票率は56.26%だった。
ただし年代別に見ると、10歳代は43.45%、20歳代は39.01%、30歳代は50.89%となっている。
参議院選挙でも、全体58.51%に対して、10歳代45.29%、20歳代47.30%と、若い世代の投票率は低めだ。

これは単に「若者が政治に無関心」という話ではない。
政党の側から見ると、よく投票に来る人のほうが、どうしても優先順位が上がるということだ。

政治家は、理念だけで動いているわけではない。
次の選挙で勝てるかどうかを、必ず考える。
そうすると、毎回きちんと投票に来る層、数が多い層、落とすと本当に議席を失う層の声を強く意識するようになる。

逆に、生活が苦しい、将来不安が強い、政治に不満がある――そういう層がいたとしても、投票率が低ければ、政党の側からは「大事ではあるが、票としては読みにくい層」に見えてしまう。
すると野党も、ほんとうはその層へ強い言葉を届けるべきなのに、結局はよく投票に来る層に嫌われない無難な話し方へ寄りやすい。

だから、野党が頼りなく見える背景には、
野党の弱さだけでなく、低投票率が「無難な政治」を強める構造もある。

総務省「国政選挙の年代別投票率の推移について」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/

総務省「国政選挙における投票率の推移」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html


投票する人の層が偏ると、政党の言葉も偏る

政府広報オンラインは、少子高齢化で若い世代の有権者数が少ないうえに、若い世代の投票率も低いと、若い世代の意見が政治に届きにくくなると説明している。
これはかなり大事な指摘だと思う。

つまり日本では、ただでさえ若い世代の人数が少ない。
そのうえ投票率まで低い。
となると、政治の側から見える「有力な有権者」は、どうしても年齢の高い層に寄りやすい。

もちろん高齢者の意見を重視するのが悪いという話ではない。
問題は、よく投票する層に合わせて、政党全体の言葉づかいや政策の優先順位が固まりやすいことだ。

すると見ている側は、「また結局、与党と同じようなことしか言わない」と感じる。
でもそれは、単に発想力がないからではなく、票になる人に届く言葉へ寄せた結果でもある。

政府広報オンライン「若者の皆さん! あなたの意見を一票に!」
https://www.gov-online.go.jp/article/201602/entry-7825.html


「わからないなら投票しないほうがいい」という感覚が、政治をさらに弱くする

では、なぜ若い世代や政治に距離を感じる人たちの投票率が低いのか。
ここでもう一つ重要なのが、総務省の18歳選挙権に関する意識調査だ。

この調査では、投票に行かなかった理由として
「今住んでいる市区町村で投票することができなかったから」21.7%、
「選挙にあまり関心がなかったから」19.4%、
「投票所に行くのが面倒だったから」16.1%
が上位だった。

さらに注目したいのは、
「どの政党や候補者に投票すべきかわからなかったから」11.9%、
「自分のように政治のことがよくわからないものは投票しないほうがよいと思ったから」10.7%、
「不在者投票制度を知らなかったから」3.5%
という項目があることだ。

これはかなり重い。
つまり、「支持したい相手がいない」だけではなく、
そもそも政治の見方が分からない、制度が分からない、分からない自分は投票しないほうがいいと思ってしまう人が一定数いるということだ。

この感覚が広がるとどうなるか。
よく分からない人ほど引いてしまい、最初から政治を見慣れている人、時間のある人、関心の強い人ばかりが投票に残る。
そうすると政党の言葉はますますその人たち向けになり、政治に距離を感じている層にはさらに届かなくなる。
その結果、「野党も与党も結局よく分からない」と感じる人が増え、また投票率が下がる。

これはかなりきつい悪循環だと思う。

総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000456091.pdf


学校教育は、この悪循環を止めるところまで行けているのか

ここで学校教育の話が出てくる。
文部科学省は、高校などでの主権者教育、つまり政治参加に関する学習指導の実施状況を調べている。
また総務省は、高校生が政治や選挙に関心を持つためには、学校で模擬選挙を体験することが効果的だという調査結果を示している。

これは裏返して言えば、
ただ制度を暗記するだけでは十分ではなく、
自分で考えて選ぶ練習、現実の政治を自分ごととして扱う練習が必要だと、行政の側も認識しているということだと思う。

日本の学校教育は、少なくとも長いあいだ、政治について「知識として教える」ことには力を入れてきても、
「意見が割れる問題について考える」「どちらがましかを選ぶ」「完璧な答えがなくても判断する」という練習は、十分強くなかったのではないか。
その結果、社会に出たあとも、
「正解が分からないなら黙る」
「よく分からないなら投票しない」
「自信がないから関わらない」
という態度が残りやすい。

もちろん、これは先生個人の責任ではない。
むしろ、政治的中立への配慮が強い日本の学校では、現実の政治を扱うこと自体が難しかった面もあるのだろう。
だからこそ今、模擬選挙のような実践型の主権者教育が重視されているのだと思う。

要するに、学校で「判断する練習」が弱いまま社会に出ると、大人になっても“比べて選ぶ”のが苦手なままになりやすい
そうなると、野党の荒削りな提案も「危ない」、与党の無難な提案も「仕方ない」に見え、結局どこも同じに感じやすくなる。

文部科学省「高等学校等における政治参加に関する学習指導に係る調査研究」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shukensha/1388336.htm

総務省「主権者教育等に関する調査及び各種調査結果」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/shukensha_kyoiku/index.html

総務省「高校生向け副教材『私たちが拓く日本の未来』」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/senkyo_nenrei/01.html


野党が頼りないのは、野党だけのせいではない

ここまで来ると、少し見え方が変わる。
野党が頼りないのは、たしかに野党自身の問題でもある。
まとまれない。
分かりやすい対案を出しきれない。
政権を任せられる安心感を作れない。
これは否定できない。

でも、それだけではない。

  • 小選挙区では、少し尖るだけで負けやすい
  • 投票率が低いと、よく投票する層向けに無難になる
  • 若い世代や政治に距離を感じる人の声は票として見えにくい
  • 学校でも「比較して選ぶ訓練」がまだ十分とは言いにくい
  • その結果、有権者の側にも「分からないなら関わらない」という感覚が残りやすい

こうしたものが重なると、野党は本来は違いを打ち出すべきなのに、実際には与党に近い言葉を選びやすくなる
そして有権者はその姿を見て、「やっぱり頼りない」と感じる。
つまりこれは、野党の弱さそのものが、社会の構造によって再生産されている面があるということだ。


それでも、有権者にできることはある

ここまで読むと、かなり暗い話に聞こえるかもしれない。
でも、だからといって「どうせどこも同じ」で終わってしまうと、この構造はますます強くなる。

たぶん必要なのは、政治を見るときに「完璧な正解」を探すのを少しやめることなのだと思う。
現実の政治では、満点の候補も満点の政党も、たいてい出てこない。
その中で、

  • どこがいちばん近いか
  • どの違いなら自分にとって重要か
  • 今回の選挙で何を優先するか

を比べて選ぶしかない。

学校教育でも本当は、そこをもっと教えるべきなのだと思う。
「完全に分かった人だけが投票する」のではなく、
不完全な情報の中でも比べて選ぶのが民主主義だという感覚を、もっと普通のものにしたほうがいい。

そうでないと、いつまでも
「野党は頼りない」
「でも自民党以外も不安」
「だから何も変わらない」
という循環から抜けにくい。


おわりに

野党が頼りなく見えるのは、半分は本当だと思う。
でも、その半分だけを見ていると、大事なものを見落とす。

野党は、選挙制度の中で無難さを求められやすい。
投票率の低さは、その無難さをさらに強める。
投票する人の層が偏れば、政党の言葉もその層に寄る。
そして学校教育で「自分で比べて選ぶ」練習が弱ければ、有権者の側も「分からないからやめておこう」となりやすい。

その結果、
野党は違いを出しにくくなり、
有権者は違いが見えにくくなり、
ますます「どこも同じ」に見える。

たぶん、いちばん危ないのはここだ。
本当は違いがないのではなく、
違いが見えにくくなる仕組みの中で、私たちの側も政治を見てしまっているのかもしれない。

だから、野党が頼りないことを笑って終わるのではなく、
なぜ頼りなく見えるのか、
なぜ与党と似たことを言いやすくなるのか、
そこまで考えれば「他人事じゃない」話になるのだと思う。


参考にしたサイト

総務省「選挙の種類」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html

総務省「国政選挙の年代別投票率の推移について」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/

総務省「国政選挙における投票率の推移」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html

総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000456091.pdf

総務省「主権者教育等に関する調査及び各種調査結果」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/shukensha_kyoiku/index.html

総務省「高校生向け副教材『私たちが拓く日本の未来』」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/senkyo_nenrei/01.html

文部科学省「高等学校等における政治参加に関する学習指導に係る調査研究」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shukensha/1388336.htm

政府広報オンライン「若者の皆さん! あなたの意見を一票に!」
https://www.gov-online.go.jp/article/201602/entry-7825.html