「株を買うことは企業を応援することだ」「株式投資は企業に資金を提供する行為だ」――こういう言い方は、かなり広く信じられている。
たしかに、まったくの嘘ではない。けれど、そのまま受け取ると、株式市場の仕組みをかなり取り違える。
なぜなら、私たちがふつう市場で売買している株の多くは、会社がその場で新しく発行している株ではないからだ。今回は、実体経済への投資、金融経済への投資、投機を分けて考えながら、株を買うことの意味を整理してみたい。
まず言葉を分ける
この記事では、まず次のように定義する。
実体経済へ投資する者
事業を起こすため、または事業を継続するために、企業活動そのものに直接資金を出す者。
- 創業者として元手を出す
- 非上場企業に直接出資する
- 新株発行を引き受けて会社に資金を入れる
- 公募増資に応じて会社へ直接現金を渡す
この人たちは、値動きそのものよりも、まず事業が成立し、継続し、成長することのためにお金を出している。
金融経済へ投資する者
株式などの金融資産を保有し、配当や中長期の値上がり益を得ることを目的に資金を置く者。
- 上場株を中長期で保有する
- 配当を重視して買う
- 企業価値の成長を見込んで保有する
- 老後資産や資産形成の一部として株を持つ
この人たちは企業分析もするし、長期保有もする。
ただし、彼らが上場株を買ったとき、そのお金がその場で会社に直接入るわけではない。
投機家
株価の値上がりや値動きそのものを狙って株式を買う者。
さらにこれを二つに分ける。
- 長期保有型の投機家:値上がりや配当を狙いながら長めに持つ
- 短期売買型の投機家:短期の値動きや需給で差益を狙う
この定義では、金融経済へ投資する者と長期保有型の投機家は近いところがある。
ただ、前者はより資産配分・保全・中長期の収益確保の性格が強く、後者はより値上がり益の獲得に重心があるものとして区別しておきたい。
企業に直接お金が入るのは、発行市場だ
この話でいちばん大事なのは、発行市場と流通市場を分けることだ。
JPXは、証券市場について、証券の発行・取得が行われる「発行市場」と、すでに発行された証券の売買が行われる「流通市場」に分かれると説明している。さらに、企業が証券を発行して投資家から直接資金提供を受けるのが直接金融だとしている。
出典:
https://www.jpx.co.jp/tse-school/learn/01a.html
つまり、
- 発行市場
会社が新しく株を出す
→ 会社に資金が入る - 流通市場
すでに発行された株を売買する
→ 売り手に資金が入る
→ 会社には直接入らない
ということだ。
したがって、実体経済へ投資する者が前面に出るのは主に発行市場である。
企業に直接お金を入れているのは、この局面だ。
IPOでも「会社に入る金」と「入らない金」は違う
JPXは、IPOについて、通常、新株を発行して新たな資金調達を行う「公募増資」と、既存株主が保有株式を売却する「売出し」が行われると説明している。
出典:
https://www.jpx.co.jp/glossary/ka/77.html
ここがとても重要だ。
- 公募増資
→ 新株発行
→ 会社に新しい資金が入る
→ 実体経済への投資に近い - 売出し
→ 既存株主の持ち株売却
→ お金は既存株主に入る
→ 会社には新しい資金は入らない
つまり、同じIPOでも、
会社への直接資金供給と
既存株主の換金
は別物だ。
この時点で、
「株を買う=企業に資金提供」
という説明は、かなり粗いと分かる。
流通市場で株を買う人は、会社ではなく売り手にお金を渡している
Investor.govは、Primary Marketを、新しく発行された証券が投資家に売られ、発行体がその代金を受け取る市場と説明している。
出典:
https://www.investor.gov/introduction-investing/investing-basics/glossary/all
一方、SECはSecondary Marketを、会社からではなく、投資家どうしの間で既存の証券が売買される市場と説明している。
出典:
https://www.sec.gov/resources-small-businesses/glossary
つまり流通市場では、素朴に言えば、
Aさんが持っている株をBさんが買う
だけだ。
このときBさんのお金はAさんに渡る。
会社には行かない。
したがって、流通市場で株を買う行為は、
- 実体経済へ投資しているのではなく
- 主として金融経済の中で持分を売買している
ということになる。
ここで上場株を買っているのは、多くの場合、
- 金融経済へ投資する者
- 長期保有型の投機家
- 短期売買型の投機家
であって、実体経済へ投資する者ではない。
少なくとも、その取引そのものが会社への直接資金注入ではないことは、はっきりしている。
金融経済へ投資する者と投機家は、どう違うのか
ここは少し丁寧に分けておきたい。
金融経済へ投資する者の思惑
この人たちは、
- 中長期で資産を増やしたい
- 配当を得たい
- インフレに備えたい
- 企業価値の成長を取り込みたい
- 年金や老後資産の一部として持ちたい
といった発想で株を保有する。
この場合、株式は金融資産であり、買い手は企業に直接お金を渡しているというより、市場にある持分を取得して将来収益を狙っている。
長期保有型の投機家の思惑
こちらも長く持つことはあるが、より前面にあるのは
- 株価の値上がり益
- 配当
- 株主優待
- 将来的な売却益
であり、企業活動を支えることよりも、保有の見返りが中心になる。
短期売買型の投機家の思惑
こちらはもっと明確で、
- 材料で跳ねるか
- 決算で動くか
- 需給が崩れるか
- 他人より早く売り抜けられるか
が中心になる。
つまり、
- 実体経済へ投資する者
→ 企業活動そのものに資金を入れる - 金融経済へ投資する者
→ 金融資産として株式を保有し収益を狙う - 投機家
→ 長短の違いはあっても、よりはっきり価格変動や保有収益を狙う
という違いがある。
上場企業の経営者から見ると、三者の意味は違う
では、上場企業の経営者から見ると、この違いはどう見えるのか。
実体経済へ投資する者
経営者にとって最も直接的に重要なのは、この人たちだ。
- 創業時に資金を入れてくれる
- 増資のときに新株を引き受けてくれる
- 事業継続に必要な元手を出してくれる
つまり、会社を動かすための現金を本当に入れてくれる人たちだ。
金融経済へ投資する者
この人たちは流通市場で株を買っていても、会社に直接現金を入れているわけではない。
ただし、経営者にとっては非常に重要だ。
なぜなら、安定保有してくれれば、
- 株主構成が安定しやすい
- 長期戦略を説明しやすい
- 配当政策や資本政策の対話相手になる
- 将来の資金調達環境にも良い影響を与えやすい
からだ。
長期保有型の投機家
この人たちは、金融経済へ投資する者とかなり重なるが、より値上がり益への期待が強い。
経営者にとっては、株価形成にプラスにも働くが、期待に応えられなければ失望売りにもつながる。
短期売買型の投機家
この人たちは流動性を厚くする一方で、
- 決算ごとの過敏な反応
- 短期材料での急騰急落
- 経営の短期株価対策への誘導
を強める面もある。
つまり経営者にとって、市場参加者はひとまとめではない。
会社に直接金を入れる人と、金融市場で株を保有する人と、値動きを主に狙う人とでは、意味がかなり違う。
それでも経営者が流通市場を無視できない理由
JPXは、上場のメリットとして、取引所市場における株式の流動性を背景に、公募による時価発行増資、新株予約権・新株予約権付社債の発行など、資金調達の円滑化・多様化が図れると説明している。
出典:
https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/ipo-benefits/
またJPXは、上場会社に対して、資本コストや資本収益性を把握し、取締役会で現状や市場評価を分析・評価し、改善計画を策定・開示し、投資者との対話の中で継続的に更新していくことを求めている。
出典:
https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/02.html
つまり、流通市場での売買がその場で会社にお金を入れなくても、経営者は市場を無視できない。
なぜなら、
- 株価
- 流動性
- 市場評価
- 株主構成
- 投資家との対話
が、将来の増資や経営戦略の自由度に影響するからだ。
だから経営者は、
流通市場の売買は直接の資金提供ではない
と知りつつ、
その市場が将来の資金調達条件を左右する
という意味で、強く意識している。
結論:株を買う人を一括りにすると、仕組みが見えなくなる
ここまでの話をまとめると、こうなる。
この記事での整理
- 実体経済へ投資する者
企業活動のために直接資金を出す者 - 金融経済へ投資する者
株式などの金融資産を保有して配当や値上がり益を狙う者 - 投機家
株価の値上がりや値動きを狙って株式を買う者- 長期保有型
- 短期売買型
この整理に立つなら、
企業に直接お金を入れているのは、主に実体経済へ投資する者だ。
一方、上場株を市場で買っている多くの人は、
金融経済へ投資しているか、
投機しているのであって、
その取引そのものが会社への直接資金提供とは言えない。
したがって、
「株を買うことは企業に資金提供することだ」
という言い方は、発行市場の一部には当てはまるが、流通市場の現実をそのまま表してはいない。
より正確には、こう言うべきだと思う。
企業に直接資金を入れるのは新株発行など発行市場での行為であり、流通市場で株を買う行為は、長期保有であれ短期売買であれ、基本的には既存株主から持分を買っているにすぎない。
