「投票したい候補がいない」は、ただの言い訳ではない
選挙のたびに、「投票したい候補がいない」「どこにも入れたくない」「選択肢がない」という声が出ます。これを聞くと、つい「でも一人しか出ていないわけじゃないのだから、今の政治に不満なら現職の対立候補に入れるしかないのでは」と思いたくなる。私も、その感覚にはかなり筋があると思います。
実際、「入れたい政党や候補者がいない」という感覚そのものは珍しくありません。朝日新聞の郵送世論調査では、ふだんあまり投票に行かない人たちの理由として「投票したい政党や候補者がいない」が48%で最も多かったと報じられています。つまり、「行かない人はただ無関心」というより、「選びたくても選びにくい」と感じている人がかなりいるわけです。 Source
ただ、ここで大事なのは、その気持ちがもっともでも、選挙制度は気持ちの強さではなく票の動きで結果を決めるということです。
ここを分けて考えないと、話がごちゃごちゃになりやすい。
選挙は「不満の大きさ」を測る場ではなく、「誰を勝たせるか」を決める場
まず基本から確認すると、選挙は「誰を代表にするか」を決める仕組みです。総務省も、投票は主権者である私たちが、どの人やどの政党を代表として選ぶかを決める大切な仕組みだと説明しています。
総務省:選挙の種類
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html
ここから、かなり冷たいけれど重要な事実が出てきます。
棄権したり、白紙で出したりしても、それだけでは「この候補を落としたい」という力にはなりにくいのです。
なぜか。
選挙では、最後に数えられるのは「誰に何票入ったか」だからです。
不満を持っていても、その不満が票の移動として現れなければ、制度の側から見ると「票は動かなかった」と処理されやすい。
ここが、有権者の感情と制度の動きがずれる一番きびしいところだと思います。
小選挙区では、とくに「対立候補に寄せる」意味が大きい
この話は、今の衆議院の仕組みを見るともっとはっきりします。総務省の説明では、衆議院は465議席で、そのうち289議席が小選挙区、176議席が比例代表です。小選挙区は、ひとつの選挙区で1人を選ぶ仕組みです。
総務省:選挙の種類
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html
用語メモ:小選挙区
小選挙区とは、ひとつの地域から当選できるのが1人だけの方式です。
1位になった候補だけが当選します。
この仕組みでは、現職に不満があっても、棄権しただけでは現職と対立候補の差は縮まりません。
白紙投票でも同じです。
現職を落としたいなら、現職以外でいちばん勝てそうな相手に票を寄せたほうが、制度の上では効果が出やすい。
だから、あなたが感じている
「現実に理想の候補がいなくても、今の政治が嫌なら対立候補に投票するしかないのでは」
という見方は、少なくとも小選挙区のルールに照らすとかなり合理的です。
では、「それなら文句を言わずに対立候補へ入れろ」で終わるのか
ただし、ここで話を終えると少し乱暴でもあります。
確かに投票日当日、有権者にできることは、せめて対立候補に入れるしかないのは事実ですが、ここで話は終わりません。
なぜなら、有権者が「選択肢がない」と感じるのには、制度や仕組みの側の問題もあるからです。
たとえば総務省は、立候補には供託が必要であり、候補者ごとに一定額の現金または国債証書を法務局に預け、その証明書を提出しなければならないと案内しています。さらに、政党の公認や推薦を求めることも立候補準備の一部として説明しています。つまり、立候補は「出ようと思えばすぐ出られる」ほど簡単ではありません。
総務省|立候補を目指す方へ
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo18.html
総務省|立候補
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo14.html
用語メモ:供託
供託(きょうたく)とは、立候補するときにあらかじめ預けるお金のことです。
売名目的の立候補を防ぐための仕組みですが、逆に言えば、お金や組織の弱い人には高いハードルにもなります。
つまり、有権者に「嫌なら自分で出ろ」と言うのは簡単でも、現実には
- お金
- 組織
- 知名度
- 政党の公認
- 選挙運動を回す人手
のような壁がある。
そのため、「優秀な人ほど立候補しない」という感覚にも、ある程度の現実味はあります。
ここは別記事で深堀りします。
それでも制度の中では、棄権より「ましなほうに入れる」ほうが強い
ここで厄介なのは、
候補者を出しにくい制度上の壁があることと、
それでも今この選挙では投票先を決めなければ結果が出ること
が同時に成り立っていることです。
つまり、
- 長い目で見れば「もっと選択肢が増える制度や環境が必要」
- でも目の前の選挙では「より近い候補に入れる」しかない
この二つは矛盾しません。
むしろ両方とも本当です。
よく、「入れたい候補がいないから行かない」という言い方があります。
気持ちはわかる。
でも制度の上では、それは現状に不満があっても、結果を変える力としては弱く出てしまう。
その意味で、
理想の候補がいないときに、いちばん困る相手を落とすために対立候補へ入れる
というのは、消極的ではあっても制度上は筋の通った行動です。
比例代表では「候補者が微妙でも政党で選ぶ」という手もある
ただ、日本の国政選挙は小選挙区だけではありません。衆議院では比例代表もあります。
総務省:選挙の種類
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html
用語メモ:比例代表
比例代表とは、政党に入った票の割合に応じて、議席を配る仕組みです。
ざっくり言えば、「この政党にこれくらいの支持がある」ということを議席に反映しやすい方式です。
小選挙区では「勝てそうな対立候補へ」という考え方が強くなりやすい。
でも比例代表では、「この候補者個人は微妙だけれど、この政党の方向性のほうがまだ近い」という選び方がしやすい。
だから「選択肢がない」と感じたときも、
- 小選挙区では、現職に勝てそうな対立候補を見る
- 比例代表では、少しでも近い政党を選ぶ
というふうに、同じ選挙でも使い分けることはできます。
なぜ政治家は「不満」より「票の移動」を怖がるのか
この構造は、投票率を見るとさらにわかりやすいです。総務省によれば、直近の衆院選では全体の投票率が56.26%で、10歳代は43.45%、20歳代は39.01%でした。参院選でも全体58.51%に対し、若い世代の比率が低めです。
総務省|国政選挙の年代別投票率について
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/
総務省|国政選挙における投票率の推移
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html
政治家の立場からすると、強く意識せざるをえないのは、
実際に投票に来て、しかも票を動かす層です。
逆に言えば、
「不満はあるけれど投票には来ない」
「来ても白紙」
「候補の違いがわからず様子見」
という層は、感情としては重くても、選挙結果にはつながりにくい。
だから政治家は、道徳的に正しいかどうかは別として、
「怒っている人」より
「無視したら落ちる票を持っている人」
を優先しやすい。
では、有権者にできることは何か
制度の観点から言うと、現実的には次の三段階になると思います。
1. 目の前の選挙では、「いちばん近い」か「いちばん止めたい相手を落とせる」候補を選ぶ
これは理想論ではなく、制度への対処です。
特に小選挙区では、この発想はかなり重要です。
2. 比例代表では、政党単位で意思表示する
候補者個人に不満があっても、政策の方向で比較する余地があります。
3. 選挙のない時期に、候補者が育つ回路に関わる
ここが本当は一番大事です。
選挙の当日だけ「ろくな候補がいない」と言っても、その時点ではもう候補者はほぼ出そろっています。
その前の段階で、
- 地方選を見る
- 政党や会派の公募を見る
- 地域の勉強会や集まりに顔を出す
- 応援したい人を早い段階から支える
といった関わり方がないと、結局いつも「出てきたメニューの中から選ぶだけ」になりやすい。
おわりに
「投票したい候補がいない」という不満は、軽く扱っていいものではありません。
それは、候補者の出にくさ、政党の弱さ、情報不足、立候補の壁など、制度の問題をかなり含んでいるからです。
でも同時に、今の制度で選挙結果を変える力になるのは、やはり票の移動です。
だから、あなたが感じているように、
本当に今の政治に不満があるなら、少なくとも目の前の選挙では現職の対立候補に入れる、あるいは比例代表で少しでも近い政党に入れる
というのは、かなり現実的な態度だと思います。
きれいごとではない。
気持ちよくもない。
でも制度とはそういうものです。
問題は、「理想の候補がいない」と感じた人がそこで諦めることです。
その不満を棄権で終わらせると、制度の中では薄まってしまう。
一方で、その不満を
- 票に変える
- 比例で意思表示する
- 次の候補者を育てる側にも回る
ところまで持っていければ、少しずつでも政治の景色は変わっていくはずです。
要するに、
候補者が弱いことへの怒りと、
それでも今は対立候補に投票するしかないという現実は、
どちらか一方だけが正しいのではなく、両方とも本当なのだと思います。
参考にした情報
- 朝日新聞「投票行かない理由『投票したい党なし』最多」
https://www.asahi.com/sp/articles/ASR4X6JM1R4KUZPS007.html - 総務省「選挙の種類」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo03.html - 総務省「立候補を目指す方へ」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo18.html - 総務省「立候補」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/naruhodo/naruhodo14.html - 総務省「国政選挙の年代別投票率の推移について」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/ - 総務省「国政選挙における投票率の推移」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html - 総務省「主権者教育等に関する調査及び各種調査結果」
https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/senkyo/shukensha_kyoiku/index.html - 総務省「18歳選挙権に関する意識調査報告書」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000456091.pdf
